都市が持つ強みには地域ごとの特色がある。上位都市グループの総合スコアに大きな地域差はないが、カテゴリーレベルではいくつかの違いが見られた。例えば高所得国の都市を見ると、アジアでは医療・健康環境の安全性、ヨーロッパでは個人の安全性、北米ではサイバーセキュリティのカテゴリーで優れたスコアを獲得している。対象都市の数には限りがあるため、この相関関係を一般化することはできない。しかし地域・国・都市レベルの歴史的経験が、カテゴリーの優先順位に影響を与えていることは確かだ。
COVID-19の経験が示唆するのは、医療・健康環境の安全性に対する包括的アプローチ、そして都市レジリエンス戦略との連動の重要性だ。COVID-19が医療・健康環境の安全性にもたらした影響を総括するのは時期尚早だ。そして危機収束後、信頼性が高く、国際比較可能なデータが揃うまでには時間がかかるだろう。しかし今後の危機に備え、いくつかの医療体制の見直しが必要となる。一つは、様々な疾病を相関性のある一つのグループとして捉え、健康の決定要因を分析することだ。また都市人口を包括的に検証し、マイノリティ・グループも含めた効果的治療体制を確立することも必要となる。さらに自然・環境災害対策に偏った都市レジリエンス戦略のあり方を見直し、非常時の医療計画とより密接に連動させることも重要だ。
都市レベルのサイバーセキュリティ対策は十分でなく、スマートシティの推進とともに重要性はさらに高まる可能性が高い。今回の調査によると、低・中所得国の都市を含む多くの都市でインターネット普及が加速しており、今後10年程度で全世界に広まる可能性が高い。そして60の対象都市中、スマートシティの取り組みを推進・検討する都市は59に達している。その一方で既存のサイバーセキュリティ体制は必ずしも十分とは言えない。今回の調査では、官民パートナーシップを通じたサイバーセキュリティの取り組みを行っている、あるいはスマートシティ計画に詳細なネットワーク・セキュ
リティ対策を盛り込んでいる自治体は、全体の4分の1程度にとどまった。米国ジョンズ・ホプキンス大学土木システム工学部Gregory
Falco准教授も「都市レベルのサイバーセキュリティ体制は、全体として非常にお粗末な状態にある」と指摘している。こうした現状を改善するためには、自治体による取り組み強化が不可欠だ。例えば自治体は、サイバーセキュリティを非生産的なコストではなく、長期的投資あるいは予防的政策と捉える必要がある。また既存組織の枠組みを超えた包括的な取り組みも求められる。特にスマートシティ・ネットワークの防御という観点から、都市住民のニーズに沿ったセキュリティ体制を実現することは重要だ。都市住民のニーズをいかに満たすかという発想は、スマートシティの成功を大きく左右するだろう。
『インフラの安全性』のスコアに大きな変動はないが、都市の安全性に及ぼす影響は益々高
まっている。一つの決定が数世紀にわたって影響を及ぼすなど、インフラ分野の取り組みには時間を要することが多い。電力網・鉄道網といった指標のスコアが、前回調査と大きく変わらないのはそのためだ。だが米国ブルッキングス研究所都市インフラ部門のリーダーAdie
Tomer氏が指摘するように、都市インフラのニーズ(そして安全性強化のアプローチ)は、パンデミックを受けて「2年前と大きく変化している」。ロックダウンに伴う取り組みが、危機収束後にどの程度継続されるかは不明だ。しかしリモートワークやe
コマースの普及をはじめ、徒歩・自転車圏内コミュニティの持続可能性に対する関心の高まりが、都市インフラの要件を大きく変える可能性は高い。また
(特にアジア・アフリカで顕著な)都市化の進行により、基本インフラの整備が今後20年間で急速に進むはずだ。こうした流れにより、環境を重視したインフラ整備・管理の重要性が高まるだろう。しかし今回の調査結果を見る限り、多くの都市は十分な取り組みを行えていない。
『個人の安全性』強化の鍵を握るのは、社会関係資本の活用と共創の取り組み加速だ。『個人の安全性』カテゴリーの指標とHDIのスコアには密接な相関関係が見られるが、例外もある。例えばシンガポールなどの都市は、低いレベルのインプットを優れた効果につなげている(例:司法制度の対応能力と犯罪発生率)。こうした傾向はアジア諸国で特に顕著だが、トロントやストックホルムなど他地域の都市でも見られた。今回取材を行った専門家によると、成功事例の鍵を握るのは社会関係資本・結束だ。社会的結束や価値観の共有、コミュニティへの所属意識などの水準が高い都市では、個人の安全性の強化や、自治体による取り組み加速といった共創効果が見られ、都市住民のニーズに即した安全性強化というメリットも期待できる。
多くの都市は強力な環境政策を打ち出しているが、必ずしも成果は上がっていない。『環境の安全性』のカテゴリーが他カテゴリーと異なった点の一つに、コロンビアのボゴタ(4位)をはじめ、高スコアを獲得する低・中所得国の都市が散見されたことが挙げられる。既に幅広い地域で質の高い環境政策が広まりつつあり、今後はCOVID-19を背景に高まるカーボンニュートラルへの関心などをはじめ、環境政策が更に充実するだろう。しかし高所得国の都市を含め、必ずしも成果は上がっていない。他分野と同様、成功の鍵となるのは既存組織の枠組みを超えた包括的アプローチの推進、そして住民との連携を重視する考え方だ。