Safe Cities

Index 2021ホワイトペーパー

Safe Cities Index 2021

ポストコロナ時代に求められる新たな包括的アプローチ

本報告書について

『The Safe Cities Index 2021』は、NECによる協賛の下で、ザ・エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(The Economist Intelligence Unit = EIU)が作成した報告書である。シリーズ第4回目となる本報告書の作成にあたっては、76の指標をサイバーセキュリティ(Digital Security)、医療・健康環境の安全性(Health Security)、インフラの安全性(Infrastructure Security)、個人の安全性(Personal Security)、環境の安全性(Environmental Security)という5つのカテゴリーに分け、世界60都市を対象とした分析が行われた。

同指数の算出・構築は、Divya Sharma Nag、Shubhangi Pandey および Pratima Singh、報告書の執筆はPaul Kielstra、編集は近藤奈香が担当した。報告書の作成にあたっては、広範なリサーチと専門家への詳細にわたる聞き取り調査も実施している。ご協力をいただいた下記の専門家(敬称略・姓のアルファ ベット順に記載)には、この場を借りて感謝の意を表したい:

  • メルボルン大学 グローバル都市政策・建築・ 都市計画学部 教授 Michele Acuto
  • OECD 都市・都市政策・持続可能開発課長 Aziza Akhmouch
  • アジア太平洋医療制度・政策研究所 ディレクター Nima Asgari
  • UN-Habitat 都市安全性プログラム コーディネーター Juma Assiago
  • Arup インフラ・デザイングループ ディレクター Tim Chapman
  • ジョンズ・ホプキンズ大学 都市システム工学部 准教授 Gregory Falco
  • 英国開発学研究所 都市クラスター部門 統括責任者 Dr Jaideep Gupte
  • 東京大学 大学院工学系研究科 准教授 樋野公宏
  • UN-Habitat 都市レジリエンス・グローバル プログラム 統括責任者 Esteban Léon
  • ケンブリッジ大学 都市衛生・疫学担当医師 Tolullah Oni
  • 国家犯罪防止委員会 委員長 Gerald Singham
  • グローバル・レジリエントシティ・ネットワーク 副エグゼクティブ・ディレクター Lauren Sorkin*
  • マサチューセッツ工科大学 都市計画学部 教授 Lawrence Susskind
  • ブルッキングス研究所 都市インフラプログラム 責任者 Adie Tomer
  • トロント市 市長 John Tory
  • ICLEI 世界事務局長 Gino Van Begin
  • シンガポールETHセンター 都市ナレッジグラフ シニアリサーチャー Aurel von Richthofen*
  • 世界銀行 都市災害リスク管理・レジリエンス部門 グローバル・ディレクター Sameh Wahba
  • コペンハーゲン 市長 Lars Weiss
  • トロント市 Connected Communities /Smart City Programme 統括責任者 Alice Xu
  • タフォードシャー・ビジネススクール イノベーション・戦略担当教授 Fang Zhao

エグゼクティブ・サマリー

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)は、人類の大半が都市を生活拠点とするようになって経験する初のパンデミック(世界規模の感染症流行)だ。今回の危機で、都市という存在がウィルス拡散を加速させたことは否めない。しかし優れた医療体制などがプラスに働いたことも事実だ。

現在の環境下で、医療・健康環境が都市の安全性の中心テーマとなることは言うまでもない。しかしCOVID-19がもたらした影響は医療分野にとどまらない。英国スタフォードシャー・ビジネススクールイノベーション・戦略担当教授 Fang Zhao 氏が指摘するように、「今回の危機は“都市の安全性”という概念を根底から変えてしまった」のだ。例えば、リモートワークやeコマースが急速に普及する現在、サイバーセキュリティの重要性はさらに高まりつつある。人の移動や公共サービスの利用パターンが大きく変わる中、インフラの安全性強化にも新たなアプローチが求められている。個人の安全性に対する考え方も、ロックダウン(都市封鎖)下に生じた犯罪発生パターンの変化に対応を迫られている。またパンデミックのような「予期せぬ危機」が起こることを目の当たりにした多くの都市住民や政府・自治体は、環境の安全性への関心を高めている。大きな変化の年となった2021年は、4度目のSafe Cities Index(都市の安全性指数=SCI)を作成するのにふさわしいタイミングだろう。

2021年版SCIは前回同様60の世界主要都市を対象とし、都市の安全性にまつわる76の指標を分析している。それぞれの指標は、『個人の安全性』(personal security)・『医療・健康環境の安全性』(health security)・『インフラの安全性』(infrastructure security)・『サイバーセキュリティ』(digital security)、そして今回新たに設けられた『環境の安全性』(environmental security)という5つのカテゴリーに分類されており、各指標の合計スコアからカテゴリー別のスコアと総合スコアを算出した。2021年版SCIの主要な論点は以下の通り:

総合ランキング1位はコペンハーゲン、2位はトロントと前回から順位が大きく入れ替わったが、上位グループ都市の構成は大きく変わっていない。過去3回のSCIでは、1位東京・2位シンガポール・3位大阪が(同じ順序で)トップを独占してきた。しかし今回は100ポイント中82.4ポイントを獲得したコペンハーゲンが1位、続いて僅差で82.2ポイントのトロントが2位となっている。とはいえ、これまで上位グループを構成してきた都市の顔ぶれは大きく変っておらず、グループ内での順位変動という性格が強い。今回を含む過去4回の調査では、アムステルダム・メルボルン・東京・トロント・シンガポール・シドニーの6都市が、僅差でトップ10に選ばれている。コペンハーゲンが対象都市となったのは前回の2019年版から(同率8位)だが、今後上位グループの常連となる可能性は高い。

都市の所得水準・透明性とランキングには、依然として強い相関性が見られる。2019年版SCIで詳細にわたり検証したとおり、国連開発計画の人間開発指数(Human Development Index = HDI)で高スコアを獲得した都市はSCIでも優れた結果を残している。だが今回取材を行った専門家によると、両者の相関関係は決して単純なものではない。高い財政力を持つ都市は安全強化策に大きな予算を確保できるが、経済成長の推進には安全な環境が不可欠だ。つまりこれらは、相互補完の関係にある。一方、透明性と安全性の関係はより明快だ。世界銀行の腐敗認識指数(Control of Corruption Index)とSCIのスコアには、(HDIとは連動しないかたちの)相関関係が見られる。透明性の高い政府は、都市の安全性に不可欠な要因と言えるだろう。

  • サイバーセキュリティ
    サイバーセキュリティの上位都市はシドニー。シンガポール、コペンハーゲン、ロサンゼルス、サンフランシスコ

  • 医療・健康環境の安全性
    医療・健康環境の安全性の上位都市は東京、シンガポール、香港、メルボルン、大阪

  • インフラの安全性
    インフラの安全性の上位都市は香港、シンガポール、コペンハーゲン、トロント、東京

  • 個人の安全性
    個人の安全性の上位都市はコペンハーゲン、アムステルダム、フランクフルト、ストックホルム、ブリュッセル

  • 環境の安全性
    環境の安全性の上位都市ウェリントン、トロント、ワシントンDC、ボゴタ、ミラノ

都市が持つ強みには地域ごとの特色がある。上位都市グループの総合スコアに大きな地域差はないが、カテゴリーレベルではいくつかの違いが見られた。例えば高所得国の都市を見ると、アジアでは医療・健康環境の安全性、ヨーロッパでは個人の安全性、北米ではサイバーセキュリティのカテゴリーで優れたスコアを獲得している。対象都市の数には限りがあるため、この相関関係を一般化することはできない。しかし地域・国・都市レベルの歴史的経験が、カテゴリーの優先順位に影響を与えていることは確かだ。

COVID-19の経験が示唆するのは、医療・健康環境の安全性に対する包括的アプローチ、そして都市レジリエンス戦略との連動の重要性だ。COVID-19が医療・健康環境の安全性にもたらした影響を総括するのは時期尚早だ。そして危機収束後、信頼性が高く、国際比較可能なデータが揃うまでには時間がかかるだろう。しかし今後の危機に備え、いくつかの医療体制の見直しが必要となる。一つは、様々な疾病を相関性のある一つのグループとして捉え、健康の決定要因を分析することだ。また都市人口を包括的に検証し、マイノリティ・グループも含めた効果的治療体制を確立することも必要となる。さらに自然・環境災害対策に偏った都市レジリエンス戦略のあり方を見直し、非常時の医療計画とより密接に連動させることも重要だ。

都市レベルのサイバーセキュリティ対策は十分でなく、スマートシティの推進とともに重要性はさらに高まる可能性が高い。今回の調査によると、低・中所得国の都市を含む多くの都市でインターネット普及が加速しており、今後10年程度で全世界に広まる可能性が高い。そして60の対象都市中、スマートシティの取り組みを推進・検討する都市は59に達している。その一方で既存のサイバーセキュリティ体制は必ずしも十分とは言えない。今回の調査では、官民パートナーシップを通じたサイバーセキュリティの取り組みを行っている、あるいはスマートシティ計画に詳細なネットワーク・セキュ リティ対策を盛り込んでいる自治体は、全体の4分の1程度にとどまった。米国ジョンズ・ホプキンス大学土木システム工学部Gregory Falco准教授も「都市レベルのサイバーセキュリティ体制は、全体として非常にお粗末な状態にある」と指摘している。こうした現状を改善するためには、自治体による取り組み強化が不可欠だ。例えば自治体は、サイバーセキュリティを非生産的なコストではなく、長期的投資あるいは予防的政策と捉える必要がある。また既存組織の枠組みを超えた包括的な取り組みも求められる。特にスマートシティ・ネットワークの防御という観点から、都市住民のニーズに沿ったセキュリティ体制を実現することは重要だ。都市住民のニーズをいかに満たすかという発想は、スマートシティの成功を大きく左右するだろう。

『インフラの安全性』のスコアに大きな変動はないが、都市の安全性に及ぼす影響は益々高 まっている。一つの決定が数世紀にわたって影響を及ぼすなど、インフラ分野の取り組みには時間を要することが多い。電力網・鉄道網といった指標のスコアが、前回調査と大きく変わらないのはそのためだ。だが米国ブルッキングス研究所都市インフラ部門のリーダーAdie Tomer氏が指摘するように、都市インフラのニーズ(そして安全性強化のアプローチ)は、パンデミックを受けて「2年前と大きく変化している」。ロックダウンに伴う取り組みが、危機収束後にどの程度継続されるかは不明だ。しかしリモートワークやe コマースの普及をはじめ、徒歩・自転車圏内コミュニティの持続可能性に対する関心の高まりが、都市インフラの要件を大きく変える可能性は高い。また (特にアジア・アフリカで顕著な)都市化の進行により、基本インフラの整備が今後20年間で急速に進むはずだ。こうした流れにより、環境を重視したインフラ整備・管理の重要性が高まるだろう。しかし今回の調査結果を見る限り、多くの都市は十分な取り組みを行えていない。

『個人の安全性』強化の鍵を握るのは、社会関係資本の活用と共創の取り組み加速だ。『個人の安全性』カテゴリーの指標とHDIのスコアには密接な相関関係が見られるが、例外もある。例えばシンガポールなどの都市は、低いレベルのインプットを優れた効果につなげている(例:司法制度の対応能力と犯罪発生率)。こうした傾向はアジア諸国で特に顕著だが、トロントやストックホルムなど他地域の都市でも見られた。今回取材を行った専門家によると、成功事例の鍵を握るのは社会関係資本・結束だ。社会的結束や価値観の共有、コミュニティへの所属意識などの水準が高い都市では、個人の安全性の強化や、自治体による取り組み加速といった共創効果が見られ、都市住民のニーズに即した安全性強化というメリットも期待できる。

多くの都市は強力な環境政策を打ち出しているが、必ずしも成果は上がっていない。『環境の安全性』のカテゴリーが他カテゴリーと異なった点の一つに、コロンビアのボゴタ(4位)をはじめ、高スコアを獲得する低・中所得国の都市が散見されたことが挙げられる。既に幅広い地域で質の高い環境政策が広まりつつあり、今後はCOVID-19を背景に高まるカーボンニュートラルへの関心などをはじめ、環境政策が更に充実するだろう。しかし高所得国の都市を含め、必ずしも成果は上がっていない。他分野と同様、成功の鍵となるのは既存組織の枠組みを超えた包括的アプローチの推進、そして住民との連携を重視する考え方だ。

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